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ブログ開設してから直ぐに放置!!それから1年後の06年十月、それまでの全訪問数40から再起動??しました。 私の住んでいる島本町水無瀬は、京都嵐山から流れる桂川(途中、鴨川と合流)・琵琶湖からの宇治川・奈良方面から流れる木津川の三つの川の合流地点です。ここから淀川となって大阪に流れます。 下の航空写真のピンク色が我が町です。 右上が琵琶湖、上部が京都市内、左下が神戸。下が大阪と奈良です。 [[img(http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/7d/df/minaseyori/folder/1462267/img_1462267_55109248_4?1289239015)]] 我が町に流れる三本の川が見えるでしょうか. 島本町水無瀬については、谷崎潤一郎著小説「蘆刈(あしかり)」で結構詳細に述べられています。 ここ水無瀬は、小倉百人一首を並べたら、水無瀬の情景になるという藤原定家の隠れた後鳥羽上皇思いの舞台です。 参照:「百人一首の秘密」著者林直道教授の公式サイト http://www8.plala.or.jp/naomichi/ 参照:「水無瀬絵図」小倉山荘サイト  http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/hyakunin02.html (追記)小説『蘆刈』に基づく私のブログ記事 谷崎潤一郎原作・主演田中絹代 http://blogs.yahoo.co.jp/minaseyori/43928675.html 愛するが故に妻との別離 http://blogs.yahoo.co.jp/minaseyori/43963187.html 阪急大山崎下車の谷崎潤一郎 http://blogs.yahoo.co.jp/minaseyori/46246160.html 京都に在った諏訪湖より大きな池 http://blogs.yahoo.co.jp/minaseyori/46870978.html 十五夜お月さんと山崎の橋 http://blogs.yahoo.co.jp/minaseyori/61587198.html (お知らせ)09.12.06 公序良俗に反するコメントや、因縁コメントは直ぐにカットします。  
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    私の履歴書50代編

    (これまでのあらすじ)
    東大阪の下請け工場が放火で仕掛品とこれから使うプラスチック成型品の全てを熱でやられる。然し、受注している大半の納期は2か月半後の3月中旬。通常の対応では7か月後となる。病院や施設では、我が社製品を3月から導入する旨、掲示したり院内説明会をしている。のみならず対外的にも公表している。更に、納入が7月となれば、その損害賠償額は概算で1億円。さてどうするか、どうしたのか。

    ❶下請け火事による正念場 2017/11/7(火)

    ❷第一関門はこうしてクリアしたが 2017/11/7(火)

    ❸年度末入札のあれこれ余談 2017/11/8(水)


    続編
    ❹絶体絶命 それでも途はあるのか

    繰り返して伊田課長は言いました。
    「3月15日までと言ったけれど大丈夫ですか?」
    「大丈夫なはずはないじゃないか。」
    「部長、下請けは1社や2社じゃないんですよ。」
    「分かっとる。」
    「何社もの下請けにパーツを作らせる必殺技でもあるのですか?」
    「ナッシング。何もない。」
    「何もないのにタンカを切ったのですか?」
    「そうだ。」
    「・・・・・・」

    「伊田課長よ。ごちゃごちゃ言わずに、最も難関と思える下請けは何処か?」
    「神戸の向こうにあるAプラスチック社ですよ。」
    「社長は堅物か?」
    「そこそこ堅物ですが、気はいい人ですよ。」
    「よし、そこに行こう。」
    「これからですか?」
    「そうだ。」
    「でも、恐らく社長は断ると思います。」
    「どうして?」
    「この暮れから来春にかけて工場はメイチで動いていますから。」
    「然し、そこがプラスチックの成形品を作ってくれなきゃ、全てのことが前に進まないと言うことだ。そこから行こう。」

    伊田課長は、阪神高速にハンドルを切りました。

    運よくAプラスチック社のA社長は在社していましたが応接中でした。
    私たちは暫く待った後、A社長との面談を始めました。

    先ず、伊田課長が東大阪の組み立て工場の放火の新聞記事のコピーを広げ、組み立て中の仕掛品(しかかりひん)のみならず、倉庫に保管してあるプラスチックのパーツが熱で全てやられ、微妙に変形し、使い物にならなくなったと話しました。そして3月中旬までに是非新たに成形して欲しい旨を伝えました。

    A社長は、気の毒なことだが、自社では対応が出来ないとの回答でした。
    私は、B5のノートを広げてから、A社長に出来ない理由を尋ねました。

    A社長の出来ない理由は主に以下の三点でした。

    (その1)「要望するカラーのペレット(粒子状のプラスチック)はメーカーに在庫がないし、今からオーダーしても最短で6ヶ月を要する。然も、取引単位は1トンで、半分は余ってしまう。」


    (その2)各射出成型ラインの大日程表を広げながら、「工場はこのようにフル稼働で、今でも毎日残業してもらっており、新たなことに着手する余裕は無い。」

    (その3)「よしんば出来るとしても、射出成型したパーツは温度と湿度で微妙に寸法が狂う。ここでカットしたパーツで、果たしてうまく組み立てられるかどうか。」

    私はその3点をノートに記入し、そして読み上げました。
    A社長はそうだと言わんばかりにうなずきました。そして「工場を案内しましょう。」と立ち上がったので、私たちもA社長の後に従いました。

    工場は細長い建物で、中に入ると作業員があわただしく動き回っていました。
    凡そ30人程で、大半はおばさん達でした。

    ホッパーに投入されたペレットは、シリンダー内部で加熱され溶解し、それがノズルから出てきてから金型を通って外気と直接触れます。

    その時に成形していたのが、幅10cm程の帯状のもので、それが20m程伸びた先では指定された寸法にカットしていました。今でしたら、大半が自動装置になっていますが、当時の町工場では手作業が主流でした。

    伊田課長が顔をしかめながら私にささやきました。
    「水無瀬部長、これではどうしようもないですね。」

             つづく


    (続編)
    ❺社会への貢献の熱意は伝染する

    私の履歴書50代東京編目次


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    私の履歴書50代東京編

    20年後の今思い起こすと、「人は、社会に、人のために、何らかの貢献をしたい」と潜在的に思っているんですね。

    (これまでの記事)
    ❶下請け火事による正念場 2017/11/7(火)

    ❷第一関門はこうしてクリアしたが 2017/11/7(火)

    ❸年度末入札のあれこれ余談 2017/11/8(水)

    ❹絶体絶命 それでも途はあるのか

    さて、続編


    ❺社会への貢献の熱意は伝染する

    私達は工場事務所内の応接セットに戻りました。
    着席するなり私はA社長にお願いをしました。

    「社長、ペレットメーカーに電話をし、類似のカラーのペレットの納入先を知らせてもらう用お願いしてみて下さいませんか?」
    「どうするのかね?」
    「もしも在庫があったら分けてもらうためです。」
    「色が違うかもしれませんよ。」
    「似た色でしたら大丈夫です。マイナーチェンジとして対応します。」

    A社長は受話器を取り、数社に電話をしましたが、あっさりと断られました。当然といえば当然。一種の企業秘密ですから、おいそれとは公表してくれません。

    私は改めて私達が御社に作ってもらっているパーツは、私たちが病院の入院患者や老人施設の高齢者のために案出した特許製品であること。そして彼らが待ち望んでいるものであり、各病院や各施設では3月にこの製品を導入する旨、既に廊下の掲示板や壁などに掲示し、更に説明会まで行っていることを熱く語りました。

    そしてもう一度ペレットメーカーに電話をするようにお願いしました。
    再度電話をするA社長の語気は何となく違ってきました。
    それが2社目、3社目となるほど、A社長の話し方は、入院患者たちのために是が非でも今すぐペレットが欲しいという内容に変わっていきました。

    そして遂にある会社で納入先数社を紹介してもらえたのです。即座にA社長は、紹介された納入先にも、私がA社長に言ったこと以上に熱く語りました。

    A社長の熱意が伝わったのか、在庫のペレットを譲ってくれる会社が見つかりました。余分なものでデッドストックになっていたペレットのようです。

    私はノートを広げ、「有難うございます。これで一番目のペレットの問題は解決できました。二番目のここではフル稼働しており、余裕がないということですけど、」と言った途中、傍の女性事務員が口をはさみました。

    「社長、私が早出して工場を動かしますし、辞めてから家庭の主婦をしている人たちにもお願いし、手伝ってもらうようにしますからどうでしょうか。」

    この事務員はA社長の奥さんでした。それまでに私の言ったことやA社長の電話口で語っている熱気に心動かされたのでした。

    A社長は苦笑しながら、「おまえがそう言うなら。」
    すかさず私、「有難う御座います。これで入院患者さんたちの喜びの笑顔が目に浮かびます。」

    三つ目の問題、温度と湿度によるパーツの伸縮については飛んでいました。

    私は改めてA社長にお願いをしました。
    「御社のパーツが出来上がり次第、次の工程となります。そこで、製品を3月中旬に各施設に納入するためには、遅くとも2月中旬までには仕上げて欲しいのですが。」

    間髪を置かずにA社長は答えました。
    「そのご心配は無用です。ペレットの入荷次第、直ぐに取り掛かります。正月返上してでも。ですから1月中頃までには発送します。」

    A社事務所をおいとまし、社有車に乗るなり伊田課長が言いました。
    興奮しながら、「驚きました。まさかです。部長、次に行きましょう。」
    「次って?」
    「ここから奥になりますが、ここ兵庫のもう一軒の下請けです。」

    二軒目の下請け企業も社長が在社していて、A社が多忙にも拘わらず、我が社にいかに協力してくれたかを説明すると、すんなりと了解してくれました。

    そこを離れた時、時刻は、とうに午後4時を回っていました。
    これから会社に帰ったら午後6時を超えます。

    私、「帰社せずに、このまま直帰しよう。」
    伊田課長、「私は会社に帰ります。それから各地の下請けに電話を入れ、アポ(面談予約)をとります。」
    私、「明日のスケジュールは?」
    伊田課長、「明日は静岡、愛知、岐阜の下請けに行きますから、水無瀬部長、二泊の用意をしてきて下さい。」
    私、「出勤時間は?」
    伊田課長、「会社を午前8時に出発しましょう。」

    そこで初めて昼食抜きであることに気付き、大笑いしました。
    人は何かに集中すると、空腹さえ全く忘れるんですね。

                つづく



    私の履歴書50代東京編目次


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    「歴史は繰り返す」
    18世紀末から現在までの歴史は、国際金融資本ロスチャイルド一族が世界統一政府樹立を図る為の戦争の歴史と言っても過言ではない。

    1773年、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドが30歳の時、 フランクフルトに12人の実力者を招いて秘密会議を開いた。初代ロスチャイルドは、その会議で全世界に対する絶対的な支配権を手中に収めるための 「25項目の行動計画書」から成っている「世界革命行動計画」について述べた。彼らの目的は 『国家を解体し、国際金融資本による世界統一政府の樹立であり、世界人口の9割削減』である。

    この目次と要点は、彼らが何をしてきたのか、何をしているのか、そしてこれから何をするのかを、短時間に把握できるようにまとめたものです。


    『国際金融資本』 目次と要点(6)
    記事掲載期間 2015/12/22(火) ~2016/2/22(月) 

    12月25日キリスト生誕日は古代ローマ時代に決定 2015/12/22(火) 

    サンタ(santa)の文字で、n と t の位置を入れ替えただけで、サタン(satan)になる。アングロ・サクソンは、もともと悪魔崇拝者たちだった。悪魔崇拝の儀式は、アングロ・サクソンの冬の12月の祭の一部として執り行われていた。

    ローマがキリスト教に改宗したとき、これらアングロ・サクソンの悪魔崇拝者たちは、この12月の悪魔の休日を続けることを許され、そのとき、その悪魔の休日の名前を「クリスマス」と改名した。

    そうしたことから、ヨーロッパの人々は、ブラック・ピーター(オランダでの悪魔の呼び名)、あるいはクランパス(Krampus=日本ではクランプス)といった悪魔とクリスマスをともに過ごすことになってしまった。それでも、クランバスは、今日も今日、クリスマスの祝い事の一部になっている。


    セント・ニコラウス(Saint Nicholas)は、クリスマスにクランパスを伴ってやってくる。クランパスは、聞き分けの悪い子供を連れ去って、地獄の深みに落とすために、子供を入れる大きな袋を持っている。

    今日サンタが大きな袋をさげて、子供たちにプレゼントを持ってきてくれると言われているのは本当は逆で、子供たちを捕らえて入れるための袋なのだ。

    ちなみに、Xmasの『X』というのは、二ムロドの象徴で、merry Xmas は『Magical or Merriment Communion with Nimrod』という意味だ。

    クリスマスツリーの意味
    毎年、ニムロドの誕生日の12月25日に、常緑樹にニムロドの霊が憑(つ)くので、ニムロドへのプレゼントとして、その木に贈り物をくくりつける。これがクリスマスの本当の起源だ。

    キリストの誕生日を12月25日に決めた理由
    ローマ帝国時代、突如12月25日をイエス・キリストの降誕日とした理由は、ミトラ教の『無限の太陽の生誕日祭典』に対抗するためだった。ミトラス教徒は太陽神ミトラスが冬至に「再び生まれる」という信仰をもち、冬至を祝った。キリスト教会では、この盛大な祭典に対抗し、この祭りの影響を打ち消すべく、クリスマス・キリストの降誕の日とすることが教会で採択された。

    日本国憲法改正に英国と北朝鮮が協力 2016/1/11(月) 
    今回の北朝鮮の地下核実験は、日本国民に戦争勃発の危機感を助長させ、そして日本は軍備増強と安倍首相の唱える日本国憲法改正を促進するためのものであるとしたら、昨今の一連の動きが理解できる。

    安倍首相の改憲を促進するために、更にシナリオ通り米戦略機B29が韓国でデモ。これも日本国民への北朝鮮核恐怖のプロパガンダ。

    余談1)
    北朝鮮がこれまで米国と核開発に関して政治的取引をしてきたが、その都度、米国が北朝鮮に無償で与えたと称する和解金の約80%は、日本が負担してきた。無論、朝鮮民族の特有の金は受け取るが約束は守らない。

    余談2)

    かって小泉純一郎氏は北朝鮮では英雄であった。故に、北朝鮮では小泉純一郎氏の切手を四種類発行していた。何兆円も無条件で金をくれる小泉は神であったのだ。

    ■ワンワールドへのマップとキッシンジャー 2016/1/15(金) 

    国際金融資本による新世界秩序、世界統一政府樹立へのプロセスマップは段階的にか幾つも見受けられる。世界の多くの首長や政府閣僚筋やWHO関係組織の要職者は、国際金融資本に札束で買収され、弾丸で脅しをかけられ、当に彼等の操り人形となっている。

    Henry Kissinger: "If You Can't Hear the Drums of War You Must Be Deaf"WW3 World War 3“.Control oil and you control nations; control food and you control the people.”Out of the ashes we shall build a new society, a new world order; there will only be one superpower left, and that one will be the global government that wins. 
    キッシンジャー: "あなたに戦争のドラムが聞こえないなら、あなたはつんぼに違いない"。石油を支配すると国を支配する;食料を支配すると国民を支配する。亡骸から、私達は新しい社会を 新しい秩序を築こう ;1つの左派超大国があるのみで、勝つのは一つの世界政府である。

    ■あなたの優しい心の結果は! 2016/1/20(水) 
    私たちはネットで自ら情報を求めないと、事実や真相を知ることができない。
    あなたの善意が旅をし、ユニセフの不妊剤流産ワクチンにすり替わる。
    かって世界保健機構(WHO)と国連機関ユニセフは連携し天使を装い、エイズウイルスの混入した殺人兵器の天然種痘を主にアフリカとブラジルの少女に百万人単位で無償接種し、世界にHIVを蔓延させた。

    今もこの両機関は、風疹ワクチンや破傷風ワクチンに不妊剤(HCG)を混入し、主に世界各地の発展途上国の人々に接種し続けている。この悪行の日本での広告塔が、アグネスチャン(陳美齢)である。

    小保方晴子嬢、無事で安堵 2016/1/29(金)
    小保方晴子嬢の発見したSTAP細胞は画期的なもので、これが一般化したら大半の医薬業界の廃業を意味した。

    故に、世界の医薬品業界は、この発見を抹殺すべく、理研や早稲田大学に小保方氏の論文がいかにもインチキであるような情報を流させた。

    2014年8月5日、STAP細胞事件での論文の理研共同執筆者・笹井芳樹氏の自殺に見せかけた殺人が勃発。この事件は、第一次安倍内閣農水大臣松岡利勝議員の自殺偽装殺人と同様、手すりとドアノブの違いがあるものの、座って首吊り自殺なんぞ出来る訳がない。

    小保方氏がやむなくSTAP細胞の特許申請を取り下げて間もなく、別人が米国で特許を申請し、受理されている。

    小保方嬢はやはり追い落とされたのだ 2016/5/26(木) 
    やはりSTAP細胞は有った。

    ■日本:原発で生成したプルトニウムを英国へ輸出 2016/2/10(水) 
    Two British Ghost Ships Sail To Japan To Pick Up Plutonium
    プルトニウムを積載するために、英国のゴースト船2隻が日本に出航

    英国は中国の原発の導入に昨秋調印しており、英国は中国からプルトニウムを調達するのが普通の流れであり、わざわざ日本からプルトニウムを調達するのは異常なこと。では英国が日本から調達する目的は何か。

    日本のプルトニウムは英国経由北朝鮮へ 2016/2/12(金) 

    『北朝鮮が近くプルトニウム抽出開始か 米分析』 NHK 2月10日
    プロパガンダNHKは、数ヶ月以内に北朝鮮が独自にプルトニウムの抽出を開始すると称しているが、それはまやかしにすぎない。

    北朝鮮がこれから手に入れるプルトニウムは、日本の原発で生成されたものであり、それを日本から北朝鮮に渡す役割が英国である。日程も丁度合う。

    (出来すぎの偽情報)
    クラッパー長官は、北朝鮮がニョンビョン(寧辺)の核施設を拡張し、実験用原子炉をすでに再稼働させているという情報機関の分析を明らかにした。

    さらに、再稼働から一定の期間が経過していることから、核兵器の原料となるプルトニウムの抽出を数週間から数か月以内に始める可能性があると指摘した。

    ■戦争の背景にあるもの:ゲーム 2016/2/16(火) 

    ある亡命ユダヤ人が米国に警告:
    ベンジャミン・フリードマンがシオニズムについて語る
    (A Jewish Defector Warns America: Benjamin Freedman Speaks on Zionism
     
    ここ米国で、シオニストたちとシオニズムの信者たちは米国政府の支配を完成した。シオニストたちとシオニズムの信者たちは、この国の絶対的君主のように米国を支配している。

    第一次世界大戦は1914年夏に勃発した。イスラエル建国を期すシオニストたちの取引は次のようなものだ。「われわれがアメリカを同盟国として参戦させる。その代償に、ドイツ、オーストリア・ハンガリーとトルコを負かし勝利を収めたら、パレスチナを差し出さなければならない。」

    英国には、いわゆるパレスチナに対して、つながりや利害、もしくは権利などの関係は全くなかった。その英国が、シオニストがアメリカを参戦させる見返りの対価としてパレスチナを提供する。そんなことは、まったく不条理なことだ。

    しかし、英国は1916年10月にそのような約束をした。その後すぐ、アメリカはそれまでは全面的にドイツを支持していたにもかかわらず、英国の同盟軍としてウイルソン大統領はドイツに宣戦布告、参戦した。これがアメリカ合衆国が第一次大戦に参戦した経緯だ。

    はめられたドイツ 2016/2/17(水) 

    ベンジャミン・フリードマンの講演①『戦争の背景にあるもの』の続編です。

    安倍政権による憲法改正後の日本はどうなるのか、ということを念頭に置いて読みましたら理解が深まるかも。

    (米国を支配しているシオニスト・ロスチャイルド)
    "I want to tell you something very clear, don't worry about American pressure on Israel, we, the Jewish people control America, and the Americans know it."
    —Ariel Sharon to Shimon Peres, October 3rd, 2001, as reported on Kol Yisrael radio.

    「イスラエルへのアメリカの圧力を心配しないでください、あなたに非常に明確な何かを伝えたい。それは、私たちユダヤ人がアメリカをコントロールし、アメリカ人はそれを知っていることを。」—Ariel Sharon to Shimon Peres 2001年10月3日

    ベンジャミン・フリードマンの講演②『戦争の背景にあるもの』ー英仏露のドイツに対して企んだ陰謀と理由

    ドイツ人はユダヤ人に大変良くしていた。1905年にロシアで最初の共産主義革命が失敗した後、ユダヤ人たちはロシアから急いで逃げなければならなかった。ユダヤ人たちは皆ドイツに向かった。

    ドイツはユダヤ人を受け入れ、非常に親切に扱った。そんなところに、ユダヤ人はいわゆる「ユダヤ国家」としてパレスチナが欲しかったというだけのために、ドイツを売り、川の中に投げ込んでしまった。

    ■ユダヤ人の正体 2016/2/17(水)

    東欧のユダヤ人は自分自身を「ユダヤ人」と呼ぶ世界中の人々の92パーセントを占めていますが、彼らの出自はカザール人なのです。

    カザール人はアジアの真ん中に住んでいた好戦的な種族です。あまりにも好戦的なため、アジア人がアジアから東欧に追いやったのです。

    カザール人は80万平方キロという広大なカザール王国を打ち立てました。当時は、ロシアはありませんでしたし、他のヨーロッパ諸国もほとんどが存在していませんでした。

    カザール王国はヨーロッパ全土でも最大の国でした。他の国の君主が戦争をしようとするとき、カザールはそれらの王に4万人の兵士を貸し出したといわれているほど強大な国だったのです。

    カザールは男根崇拝の民でした。汚らしいことで、今は、詳細には触れたくありません。しかし、それは彼らの宗教で、多くの異教徒や野蛮人は世界中のあちこちで同じような宗教があったのです。

    カザールの王は自分の国の堕落がいやになり、いわゆる一神教を導入しようと決意します。キリスト教、イスラム、現在ユダヤ教と呼ばれているもの(実際はタルムード主義でしたが)、どれでもよかったのです。

    「イー、ミー、ミネイ、モー」と叫びながら、コマを回して、王はいわゆるユダヤ教を選びました。ユダヤ教は国教となったのです。

    王はプムベディタ(Pumbedita)とスーラ(Sura)のタルムード学校に人を派遣して、数千人のラビを招聘し、シナゴーグや学校を開設しました。国民はいわゆる「ユダヤ人」になったわけです。


    オバマは出生の時、大統領に決まっていた 2016/2/22(月) 

    プロローグ
    大東亜戦争(太平洋戦争)渦中で、毛沢東の共産軍は国府軍の蒋介石を捕虜にした。他方、米国政府は中国に資金と武器援助をしたが、それは共産軍の毛沢東へであり、国府軍には渡らなかった。

    毛沢東は、戦闘武器の貧弱な国府軍を前面に立て、日本軍と戦わせ、米国の援助した武器は日本軍との戦闘に使わず温存した。

    つまり、日本軍は、毛沢東が創った現在の中華人民共和国とは戦ってはいない。日本軍が戦ったのは蒋介石の国府軍である。

    換言すれば、結果として、日本軍は毛沢東が共産中国を創るために国府軍の壊滅に協力していたことになる。

    戦後、毛沢東は米国から援助された戦闘武器を使って共産主義革命を起こし成功した。

       ◇   ◇   ◇

    ロシアの当局者曰く:
    オバマは共産主義国KGBの代理人である

    Russian Official: Obama is a Communist KGB Agent
    Posted on April 15, 2013 by Christian Zionist
    キリスト教のシオニストの情報 2013年4月15日

    A Russian government official bragged that Barack Obama was a KGB operative and that his presidency had been planned since birth, an American physicist and government contractor reports.

    ロシアの政府高官は、バラク・オバマがKGBスパイであり、オバマは生まれた時からアメリカの大統領になるように計画されていたと自慢していた、とあるアメリカの物理学者であり政府契約者がリポートしている。

    アメリカのコンピュータネットワーク化専門家、および国際的な実業家であるトムファイフは、バラク・オバマとクレムリンとの関係について驚くほどの事実を報告した。

    バラク・オバマが米国の大統領に選ばれる16年前、ロシアに出張した時、共産党員から自慢話を聞かされた。

    衝撃的な意外な事実がファイブに明らかにされたのは、物理学者でありコンピュータエンジニアのファイフが国有企業との合弁事業のためにロシアに旅行していた時である。

    いくつかの営業会議の後に、ファイフと彼のパートナーは、旅の終わりの送別の宴で会社のオーナーの家に招待された。

    オーナーの妻は共産党員でした。彼女は「2本のはしごをよじ登ってきました」。1本のはしごはKGBで、もう一本は伝統的なロシア社会とビジネスのはしごです。

    夕方、会の経過につれて、女性共産党員は、ちょっとしたことでもますます動揺し、そして、彼女は感情にあふれました。

    「あなた方アメリカ人はとても完璧であると思っているようだ」と、彼女は怒鳴りました。

    「さて、私がとってもすぐにあなたにそれを話したとしたら、あなた達は黒人大統領を持つことになります… そして、彼は共産党員です!」

    「彼の名前は、バラクです」と彼女は冷笑しました。「彼の母は白人です。そして、彼の父はアフリカの黒人です。彼は最高の学校に行き、彼はあなた達が『アイビーリーグ』と呼ぶ人です。」

    ファイフは共産党員の彼女の口から出た言葉に呆然とさせられショックを受けたことを思い出しました。

    彼女は、米国の大統領になることになっていた共産党員のスパイ(オバマ)について信じられない程の精密で詳細な内容を早口で話し続けました。

    その共産党員の彼女は、それから、オバマがハワイの出身ではあるが、シカゴ州議会に出馬し、間もなく当選すると述べました。

    1996年、オバマはアリス・パーマーの議員辞任後のイリノイ州議会上院議員の補欠選挙に当選を果たし、残る任期を全うした。これは彼女の無気味に先見の明のある予測の通りでした。

    オバマの政治「キャリア」の迅速な再調査では、コロンビアとハーバードの授業料を支払い、UOCロー・スクールでイリノイ州議員、そしてアメリカ合衆国上院議員、そして彼の最終選挙に勝利し米国大統領になるまでの不可解にも円滑にことが運んできた軌跡を示しています。

    バラク・オバマの両親は、ロシア語の授業で表向きでは会ったことになっています。これは、彼の母が、既にKGBのために秘密に動いていただろう父親・バラク・オバマ・シニアのKBG募集に彼の母親が応じたのではないでしょうか。

    早い時代から子供のオバマを洗脳するために、有名な米国の共産党員であるフランク・マーシャルデイビスなどの筋金入りの共産主義者およびKGBエージェントの仲間が子供時代のオバマを取り巻いた。

    ソビエトのKGBはCPUSA(米国共産党)に直接出資していた。これは、ロシア共産党員(彼女)が『バラク』について、「彼は無神論者と共産主義者であるように育て上げられた。」 と自慢げに言ったことと当に一致している。



    『国際金融資本』 目次と要点(1)
    記事掲載期間 2012/01/20~2014/04/22

    『国際金融資本』 目次と要点(2)
    記事掲載期間 2014/5/15(木) ~2015/1/23(金)

    『国際金融資本』 目次と要点(3)
    記事掲載期間 2015/1/27(火)~2015/6/16(火)

    『国際金融資本』 目次と要点(4)
    記事掲載期間 2015/6/29(月)~2015/10/8(木) 

    『国際金融資本』 目次と要点(5)
    記事掲載期間 2015/10/13(火) ~2015/12/21(月) 


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    久々にG1でそこそこの払戻金の馬連とワイドをゲット。
    よくぞ、クロコスミアが残ってくれました。

    それにしても、今日は、未勝利戦3レースをして一つも獲れず、トホホでした。やはり、こういうG1の日は、他のレースに手を出したらいけませんね。

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    私の履歴書50代東京編

    ❻果たしてこのままで推移出来るのか
    下請け企業の好意から、ことは順調すぎるほど運んでいきました。そして残るは一軒(一企業)のみとなったのでした。

    (これまでの記事)
    ❶下請け火事による正念場 2017/11/7(火)

    ❷第一関門はこうしてクリアしたが 2017/11/7(火)

    ❸年度末入札のあれこれ余談 2017/11/8(水)

    ❹絶体絶命 それでも途はあるのか 2017/11/9(木) 

    ❺社会への貢献の熱意は伝染する 2017/11/10(金) 



    「❻果たしてこのままで推移できるのか」

    翌朝、私は午前8時前に工場事務所に出社。
    伊田課長は既に社有車をアイドリングさせていました。

    私、「今日の予定は?」
    伊田課長、「その件は後で。車に乗って。早くラッシュの渋滞を抜けたいから」

    車は京都南インターチェンジから東京方面の上り線に入りました。
    彼の開口一番は、「部長、残るは3社のみです。」
    昨夕、彼は帰社してから全部の下請けの社長に連絡を終わったのが午後11時過ぎだといゝます。

    下請けの各社長には、私がA社で言った通りの口上を真似て、入院患者や高齢の入所者ためにパーツの製造や組み立てに力を貸して欲しい旨伝えましたら、大半の社長は同意してくれたそうです。

    彼はその時の様子を得意げに話しました。
    そして浜名湖を過ぎた辺りで今度行く企業の話を始めました。

    その企業の所在地は京都南インターチェンジから350kmほどある神奈川県に近い富士市の郊外だったと思います。

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    製品の本体の帽子になる部分の場合、小型・中型機の場合、生産台数が多いから、金型を作っており、ペレットを調達できましたから、一月中には納入してくれますが、大型機種の場合、台数が少ないこともありますが、強度の問題で、プラスチック成型ではなく、ガラス繊維を幾重にも貼り付けた手作りなのです。

    処が、従来の下請けは事情によりこの初冬、工場を閉鎖しており、新たな企業にこの帽子を作ってもらわなければならないのです。それが、これから行く下請け要請先なのです。

    車はノンストップで走りましたから、腰が痛いのを我慢しつゝ、お昼に30分前、ようやくその工場に着きました。

    大きな敷地でした。一見、1万坪程ありそうです。その広大な敷地の中に、これまた大きな工場の建物が二つほどありました。

    ガラス張りの事務所玄関を入ると社長が待ち構えており、そこで社長は立ったまま、工場の現状と、我が社が望む製品の仕様と寸法、作り方などを玄関ホールに飾ってある見本品に触りながら説明しました。

    成程、前夜、伊田課長がこの社長に色々と仕様について説明していましたから、とんとん拍子に話が付きました。

    それから工場を見に行こうと三人で外に出ました。空は真っ青で、日差しは暖かく、皆、一緒に空を見上げました。その時、お昼を告げるチャイムが鳴ったのと、次に訪問しなければならない企業があるからと言って、そこ場でおいとましました。

    さあ、これで残るは二社。
    再度、名神高速に上がり、今度は下り線で名古屋方面に向かいました。

    愛知県に入って高速道路のインターチェンジを降りてから、地道をだいぶ走りましたから、恐らく、名古屋市の西の蟹江町か津島市の郊外ではないかと思います。

    アポイトメントは午後5時ですのど、この日は前日と違ってそこそこゆっくりと昼食をとりましたが、どんどんと雲が出てきて、二軒目の工場に着いた時には、うす暗くなっていました。

    社長は真っ先に工場を案内してくれました。
    ここも大きな建物で、松下の高槻工場や茨木工場や三菱電機の長岡工場とは遜色ないほどの大きさで、中階から見下ろす工場内では、何百人かの主におばさん工員が仕事をしていました。

    その時、工場の恐らく部品担当責任者が、社長に報告書を持ってきました。

    社長、「ウズマサさん、ようやくビスが見つかりました。あのビスは特殊なもので、今までの仕入れ先には在庫がなく、どうにかせよと朝に命じていましたが、全く同型で他のメーカーが作っているものを調達できます。」
    そして、「これでパーツさえ揃えてくれれば組み立てられます。期限内までには大丈夫です。」

    あまりにもトントン拍子に気が抜けた感じになりました。

    「さあ、残るは1社のみ。」
    この次のアポイトメントは午後7時。若干の余裕時間があるので道路沿いのレストランのような飲食店でお茶をし、ひと休みしました。

    この店を出た時には、真っ黒い雨雲のせいか、宵闇状態になっていました。

    「この最後の訪問でも順調に事が進むに違いない。」
    私たちは二人ともそう確信していました。

           つづく


    私の履歴書50代東京編目次


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    ❼全員輝いた夜明け前
    皆で集中して知恵を出し合う。そうなると眠気に襲われない。
    寧ろ、思考は高まる。今回はその実例です。

    (これまでの記事)
    ❶下請け火事による正念場 2017/11/7(火)

    ❷第一関門はこうしてクリアしたが 2017/11/7(火)

    ❸年度末入札のあれこれ余談 2017/11/8(水)

    ❹絶体絶命 それでも途はあるのか 2017/11/9(木) 

    ❺社会への貢献の熱意は伝染する 2017/11/10(金) 

    ❻果たしてこのままで推移出来るのか 2017/11/13(月) 


    ❼全員輝いた夜明け前

    (本文)
    外に出て車はヘッドライトを点灯し走りました。何だか田んぼのあぜ道を走っているような、恐らく三級国道か県道を走っているのでしょう。然し、行けども行けども、それらしき工場に近づく雰囲気ではありません。

    道路標識には『養老の滝』と書かれています。
    私、「へぇー、養老の滝という地名があったのか。居酒屋が創作した店名ではないんだね。」
    伊田課長、「そろそろなんだけど。」
    私、「約束時間に間に合う? もう10分少々しかないよ。」
    伊田課長、「ひょっとして遅れるかも。」
    何と、先方には、約束の7時に3分前に着きました。
    まさに、冷や汗物のセーフ!

    ここは今まで訪問した工場と違って、年代物の木造建屋で、案内された工場事務所中央の応接セットも古めかしく、然も、油やすすで黒茶色の汚れた外壁で薄暗い感じでした。然し、隣接する工場の稼働音はガタゴトと聞こえてきて、いかにも多忙な様子でした。

    面談者は当初、社長、専務、工場長、業務部長の4人だったと思います。ここも最初のA社であったように、出来ない理由を延々と述べてきました。

    私は、A社での対処と同様、その出来ない点を箇条書きにして読み上げました。確か、10項目以上あったと思います。その項目の一つ一つを潰していかなければなりません。

    時間はどんどん経過し、午後10時になり、残業している職工さんたちを帰宅させた現場の製造部長や課長も加わりました。

    一つの問題が終わったら次の問題が控えています。それらの問題を解決するために、私は色々な提案をすると、これだけの人数ですから、多種多様な意見が出てきて、またその意見ごとに提案をし、納得してもらい、次のテーマに取り掛かりました。

    午前0時を回った頃、大日程表を広げて、いよいよ私たちの要望する仕事に取り組もうという全員の意思が伝わってきました。

    然し、大日程表をどんなにいじくりまわしても、残業、残業の毎日の職工さんたちには、これ以上の負荷はかけられない状態でした。皆さん、帰宅時間は毎日早くても午後10時。午後11時はザラ。時には午前様。

    この人手不足が最大の障害となりました。この周辺の主婦は、ほとんどがどこかの工場で働いていますから、募集しても集まらないそうです。

    それでも、流石地場企業ですね。周辺の農家の一軒一軒の家族構成をこの場にいる誰かが知っています。しらみ潰しの如く、一軒一軒潰して行き、遂にお手上げ状態となり、全員、肩を落としました。

    業務部長が、表の自動販売機からカンコーヒーを買ってきて、全員に配布しました。この形態は、札幌に転勤した当初の金曜夜の会議を思い出しました。

    (参考)
    私の履歴書40代北海道編
    「銀色の世界・札幌『すすきの』の夜明けを堪能!」
    金曜の午後7時からの会議では彼らの毎回同じ愚痴を聞くことになる。然も、缶コーヒー1本で毎回夜が明けるまで延々と続く。 しらじらと明ける雪の札幌市街の早朝を何度堪能したことか。

    然し、入院患者や高齢者の入所者の為のみならず、昨日今日と私たちに協力する旨表明してくれた全下請け企業の皆さんにお詫びの仕様がありません。

    「では、御社の取引先や関係先企業にお願い出来ないか」と申し出ました。皆、それぞれが次々と関係企業の名前を出し、その企業ごと検討するも、皆、残業、残業の企業だけでした。

    私は、言いました。「組み立て工程の中で、どこの部分までやれば御社で最終組み立てをやることが出来ますか?」

    ここでも各工程の仕事の内容を皆で、あ~でもない、こうでもないと検討しあい、工場側の最終意見はこうでした。

    「細かいパーツのビス穴にビスを入れる作業が大変で多大な時間を要する。というのもプラスチック成型品は温度差でビス穴の位置が微妙に狂い、入るものが入らない。入らなかったら、ビス穴を削らなければならない。これで時間を食う。」

    時間は午前3時半を回っていました。
    私は質問しました。
    「その作業は素人でも出来ますか?」
    工場長、「教えたら出来ます。」
    私、「どういう作業なのか、説明してくれませんか?」

    工場長が手ぶり素振りで演じました。
    私、「その作業程度でしたら思い出しました。」

    更に私、「古い話ですが、簡単な作業をしてくれる先を紹介してくれと依頼されたことがあります。その時に、身障者などの福祉施設には作業所があって、そこに依頼してもらいましたら、喜んで請けてくれたことがありましたが、この町にはそういう施設はないのですか?」

    専務、「そういえば、かって作業をさせと欲しいというので、簡単な仕事をしてもらったことがある。50人か60人はいたと思うが。」

    業務部長、「ついこの間も、施設の方とお会いした時、何か仕事をさせて欲しいとお願いされました。」

    全員が、「それだ!」と声を上げ、全員、達成感に満ち溢れた笑顔に変わりました。

    そして、その作業所に依頼するためには、どんな工具を幾つ用意するか。それで依頼する作業を凡そ何日で消化できるかを検し終えた後、

    社長、「業務部長、明日ではないな。今日、朝一番で福祉作業所を訪問し、作業の予約をしてきてくれ。」

       ▽   ▼   ▽   ▼

    皆に見送られて外に出た時は、午前4時半を回っていました。

    伊田課長が社有車を発進するなり、またまた感激の声をあげました。

    「水無瀬部長、これが部長の言う本当の仕事なのですね。」
    私、「その中の一つだね。」
    伊田課長、「不思議です。午後7時から朝の4時半まで、眠気など一つも無かったです。全員が。」

    ヘッドライトの視界の狭い車は、またまたあぜ道のようなところを走り、やがては名神高速道路に入りました。

    伊田課長、「私たちもこれから出社して仕事ですね。」
    私、「当然だよ。」

             つづく


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  • 11/15/17--17:26: ❽人望に潜む危険

  • 企業は社員の何をどう評価するのか。それは企業によって、或いはトップや上司によって千差万別です。但し、『出過ぎる杭は打たれる』ことは共通でしょう。

    (今回の最初の記事)
    ❶下請け火事による正念場 2017/11/7(火)
    (中略)
    ❼全員輝いた夜明け前 2017/11/14(火) 


    ❽人望に潜む危険

    (本文)
    未明、岐阜の養老の滝の下請け工場を出発。途中、前夜の夕食、兼、朝食を途中でとり、午前8時前には本社工場事務所に着きました。

    伊田課長の開口一番。
    「水無瀬部長、私たちの製造部長になってくれませんか?」

    一つ年上の伊田課長との関係では、それまでの何年間、新製品開発や製品改良会議の席上、「それは無理だ。」とか、「それは出来ない。」と言う彼を激しく罵倒と叱責を繰り返しており、その都度、私がテーブルを拳でドスンと叩くものですから、アルミの灰皿は、都度、30cmは飛び上がりました。

    その彼が言うのですから大笑いしました。
    私、「冗談でもそんなことを言ったら、あなたの上司は激怒するぞ。」。そして、「そういう人事に関して口に出したら、しっぺ返しを食らうぞ。二度と言わないことだ。」

    私は始業前に吉田専務室を伊田課長と共に訪問し、「今回の東大阪の火事でご心配かけましたが、下請けの皆様の協力により、ほぼ予定通り3月に頭出し(完成品の一部出荷)が出来るようになりました。詳細は伊田課長にお聞きください。私は東京で仕事が待っていますから直ぐに新幹線に乗ります。」と報告し、直ぐに運転手にお願いし、駅まで送ってもらいました。

    それから数日後、伊田課長からの電話の最後に、またまた、「水無瀬部長、製造部長になって下さい。」と繰り返すのです。

    月末近くとなり、本社から東京事務所に出張してきた製造部の主任が私に声をかけてきました。「水無瀬部長、先日の下請け回りのこと、伊田課長から聞きました。是非、製造部の部長でお願いします。」

    これは拙(まず)いことになった! 私は即座に伊田課長へ私のことに関しての公言を止めるように電話で言いましたが、もう遅かったのです。

    月末、営業本部会議で京都本社に出張した際、本社社屋で工場の人たちと擦れ違う時、私にうやうやしく一礼するのです。これまでは無かった現象でした。

    ちょっとした用事で工場事務所に伺うと、全員、笑顔で迎えてくれ、中には「次期製造部長。」と声をかける人もいました。

    製造部の私より三歳年長の横田総務課長が私にささやきました。
    「ミナ(水無)ちゃん、皆、待望論で盛り上がっていますよ。」と。

    ここまで騒がれていたのか。
    これは大変なことになる。
    私の身に、近々、何かが起きる。
    それも、マイナスなことが。

          つづく

    (続編)

    『私の履歴書50代東京編目次』


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    トップの器以上にはならない。
    企業とは、そういうものですね。

    (今回の最初の記事)
    ❶下請け火事による正念場 2017/11/7(火)
    (中略)
    (前回記事)
    ❽人望に潜む危険
    ちょっとした用事で工場事務所に伺うと、全員、笑顔で迎えてくれ、中には「次期製造部長。」と声をかける人もいました。製造部の私より三歳年長の横田総務課長が私にささやきました。「ミナ(水無)ちゃん、皆、待望論で盛り上がっていますよ。」と。

    ここまで騒がれていたのか。
    これは大変なことになる。


    ❾予期していた仕打ち

    翌月初の太秦社長主催の部長会議では、いつもの様子と違って、社長の私への罵倒の言葉は皆無でした。

    不思議なことでした。年が明けての月初の部長会議でも同様に皆無でした。

    これは異常。何かあるな。

    案の定、2月になって、私の部署を企業向けと病院向けとに分割した内の企業向けを担当した町田部長(子会社NK社専務)が外れ、代わって福知参事が部長として就任するということです。

    福知参事というと、私の札幌所長の後任で、吉田専務の義理の弟なのです。

    (福知参事のこと)
    私の履歴書・369とうとうきた転勤命令
    私の履歴書・374 怒り狂った彼の妻が包丁を投げる
    私の履歴書・(60歳代編) 北海道の社員の給与問題 

    あゝ、彼の能力では、自社での企業向け新製品の開発は終わりか、と思いました。

    東京の営業本部の同じフロアに彼は着任。
    着任早々、上司である淀川取締役本部長に揶揄(やゆ)されました。
    「福知部長は、足し算引き算がまともに出来ない。」

    淀川本部長に提出する書類の計算がいつも違うのです。
    それに言うことがさっぱり要領を得ないのです。

    更に、月初の部長会の2~3日前には、あちこちの支所に電話を入れ、何かいい話はないかと聞きまくります。それを自分が指導した結果であると部長会で報告するのですから、呆れるばかりでした。

    他方、不思議なこともありました。
    本来、企業向け機器の設計・製造をする子会社・三島社と、子会社の販売会社NK社との新製品設計や製品改良会議に彼は出席しないのです。

    それに、太秦社長主催のNK社の役員会議にも出席せず、何れも継続して私が出席したのです。

    本来は福知部長の担当のはず。理由は分かりませんが、どうやら出席しないようにとの上からの指示があったことは確かです。

    そうこうしている内に一年弱が経過しました。
    今度は、同じ部長でも、福知部長が私の上司という地位に就きました。

    そういうことだったのか。

    私が40歳代後半の本社営業企画課長時代、仙台支店所属の所長連中からは、仙台支店長待望論が噴出していましたが、この騒ぎは東北のみでのこと。

    然し、今回は違います。工場のみならず京都本社内で製造部の連中が私の製造部長待望論を熱く訴えたからです。男山製造部長の心境は穏やかではなかったでしょう。

    それにしても、このような社長人事は、吉田専務とやり手の山村常務(元入社当時の私の上司)との間でもあったことなのです。山村常務の頭を抑えるために吉田専務を上位にしていました。

    所謂、男の嫉妬でしょうか。
    或いは、将来の危険人物と看做(みな)されたからでしょうか。
    トップをはじめ、上位者は、自分の保身のために、自分を脅かすであろう者を予め蹴落としておこうとするのは戦国時代でも今でも変わらないこと。

          つづく



     私の履歴書50代東京編目次

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    アルゼンチンの潜水艦が浮上せずの記事を見て、我等日本人の心、精神がいかに素晴らしいものであることを思い出しました。


    アルゼンチン海軍の潜水艦、連絡途絶える 同国初の女性潜水艦将校も乗艦   2017/11/18(土) 

    【AFP=時事】アルゼンチン海軍は17日、44人が乗り込んで母港に戻る途中だった潜水艦「サンフアン(ARA San Juan)」と連絡が途絶えたため捜索していると発表した。(中略)
    バルビ氏は記者会見で、サンフアンは15日朝を最後に海軍司令部との連絡を絶ったと述べた。アルゼンチン当局によると16日から海軍の駆逐艦1隻とコルベット艦2隻、航空機2機が捜索を行っている。(中略)
     サンフアンにはアルゼンチン初の女性潜水艦将校となったエリアナ・クラフチック(Eliana Krawczyk)さん(35)も乗り込んでいる。クラフチックさんの父親のエドゥアルドさんはテレビ局「トド・ノティシアス(Todo Noticias)」に「乗組員全員が無事であることを祈らせてください。海において乗組員はみなきょうだいです。潜水艦は(通常の)船よりもリスクが高い」と語った。(以下省略)


    日本の心・精神の他国との違い

    「明治四三年の春、山口県の沖合で日本の潜水艦が演習をしていました。午前十時、潜航を始めると、まもなく艇に故障が起こって、海水が入り込み、艇は一四名の乗員を閉じこめたまま、海の底深く沈んで行きました。

    艇長の海軍大尉・佐久間勉は、すぐに部下に命じて、海水の入るのを防がせ、入った海水をできるだけ出してしまうようにさせました。

    しかし、電灯は消えて、艇内は暗く、その上、動力を使うこともできなくなっていたので、ただ手押しポンプを頼りに、必死の働きを続けさせました。(以下省略)

    以降は、下記のURLをクリック。
    世界が驚愕した日本人の心と精神。

    『日本の心・精神の他国との違い』


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    今回は、ひんしゅくを買う記事です。

    W不倫疑惑の山尾志桜里衆院議員(43)(1974年7月24日生)や不倫スキャンダル今井絵理子参院議員(1983年9月22日生)が躊躇なく一線を越えられた原因は、少女時代の雑誌にあると思うのです。


    女性誌が誘導した女性社会

    1998年のある月の新宿の子会社NK社の月例役員会議でのことです。
    場所は千代田区の自社ビル4階会議室。出席者は、本社太秦社長、山村常務(入社当時の私の上司)、同じく本社経理部長と私の4名。

    子会社NK社側は、川口社長、町田専務、中田常務、それに経理課長の4名。

    会議はいつもの通り、NH社の報告と今年度の最終予測などの一連の報告や質疑応答が終わり、余談に移りました。

    そこで、最近の若者の状況についての話題となった時に、誰かがこんなことを言いました。「今の女子中学・高校生は、自分が履いたパンティを売って小遣い稼ぎをしている。」

    この話なら週刊誌などで全員知っているので別にびっくりするようなことではなかったのですが、中田常務がとんでもないことを言い出しました。

    「偶々、中学2年の娘が読んでいる少女向け雑誌を見ると、何と、SEXのことまで記事にしている。それも体位の色々な図解付きだ。マンガの少女雑誌にだよ。」

    私達は、「へぇ~、時代はそこまで進んだのか。」と顔を見合わせました。

    中田常務は更に話を続けました。
    「何と、その少女雑誌には、ピンクローターの通販広告まで載っている。」

    私達はきょとんとしました。
    ピンクローターって何か怪しげな名前だが皆その名を聞くのは初めてです。

    彼は一段と声を張り上げて言いました。
    「女のマスターベーション器だよ。電動式バイブレーションの。」

    私達は皆「エェッ?」と驚嘆の声を上げました。
    彼は猶も話を続けました。

    「ピンクローターを持っているのか、と娘に問いただしたら持っていると答えやがる。頭にきたので、娘をひっぱたいてやった。娘に手を上げたのはこれが初めてだったが。」

    私達には衝撃でした。齢14歳の女の子がそこまで目覚めているのかと。

    その会議は例月の如く会議用昼食弁当を食べ終わって閉会となりました。
    私は、3階の自部署の部屋に戻り、淀川取締役の秘書役の鈴木嬢(仮称)に問いかけました。

    彼女は都内の4年制のお嬢さん大学から新卒でウズマサに入社して2年目です。色白で多少ぽっちゃりしていて、清く澄んだパチクリの大きな黒い瞳。全体から育ちの良さと高い気品のオーラが漂い、その瞳で彼女に見つめられたら、男はイチコロだろうと思へるレベルです。なるほど、彼女の父親は、霞が関のある省庁の上級管理職であることが彼女の評価をより高めていました。

    私は彼女の耳元でこっそり囁き(ささやき)ました。
    「さっきの会議でピンクローターの話になったけど知っているの?」
    彼女は躊躇することなく、いかにも当然の如く
    「私、持っていますよ。」

    またまたびっくりポンでした。まさかの事態。
    「エッ、買ったの?」
    「友達が新しいのを買ったので、私、お古を貰ったの。」

    私達二人のヒソヒソ話に10m先で地獄耳をそばだてていた福知部長と足立課長がやってきました。こういう話はよく聞こえるんですね。遠くまで。

    足立課長、「今の若い女の子に限らず、中年おばさんでもそれは持っているよ。」

    福知部長が負けじと自慢気に言います。
    「うちの高校生の柔道部の息子なんかは、うちの二階に同じ学校の女子高校生を連れ込んで同棲しているよ。毎日二人はうちの家から通学しているんだ。」

    足立課長、「よくぞ女の子の親も黙っているもんだね。」
    福知部長、「先方の母親が、娘をよろしくお願いしますって挨拶に来ているんだ。」
    私、「親が親なら、子も子だね。あんたとこの夫婦の子だったら、寧ろ当然かも。」

    この福知夫婦、練馬の家族寮二階に住居時代、凄まじき夫婦喧嘩で名を馳せていました。

    亭主が浮気を繰り返し、怒った妻が、お茶碗などを亭主に思い切り投げつけるから、そのお茶碗や皿やコップなどが窓から階下の関東メンテナンス会社の事務所の通路で割れて砕ける。それも度々。うかうか下を歩いていては頭にあたる。

    福知部長は更に言います。
    「女房が出刃包丁を投げたんだ。それが僕のほほをかすめて、板の扉にドスンと刺さったんだ。」。それを自慢げに言うものだから呆れました。

    後日、鈴木嬢の、「今の女性誌は年齢にかかわらず性に氾濫しているから、AnnAnnなどを見たらよく分かるでしょう。」とのサジェスチョンで、私は京都本社での会議の折、近くの懇意なイタリアンレストランの女性マネージャーに聞いてみました。

    「そうですよ。よく読まれているから、うちの店でも待ち時間用に置いてあります。」
    そこで雑誌差しからAnnAnnともう一冊をとり、中を検証しました。

    やはりそうでした。その二冊の女性誌ともプレイボーイ誌には決して載ることのない激しいものでした。それぞれ競うように各号に特集編のSEXページがあるのです。

    マネージャーの話によると、これらの雑誌の発売日には、小学高学年の娘に買いに行かせ、そして娘と二人で読んでいる母親もいると聞いて呆れるばかり。


    やはり、1980年代のバブル期をマハラジャなどのデスコで青春時代を過ごした女性たちは、親になっても違うのだそうです。

    この話を東京に帰ってから足立課長に言うと、思わぬことを聞かされました。

       つづく


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